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バンキョーフィロソフィー職場体験談2015 連載中

できるだけ心のギアをニュートラルにしておく/佐野雄也

2014年10月23日。私の人生の中で忘れられない1日となった。この日、万協製薬株式会社に入社して1番悲しくつらい出来事があった。いや、この出来事は自分の人生の中で考えても1番悲しい出来事かもしれない。「できるだけ心のギアをニュートラルにしておく」この考えはバンキョーフィロソフィーの中で1番好きな哲学である。人生どんなことがあるかわからない。だからこそ一瞬の判断、決断が未来を変える。過去はどれだけ後悔しても変わらない。変えられるのは未来だけ。だからこそ、人生の選択をする際に心がニュートラルであれば、その時の感情に流されず後悔のない判断ができると私は考えている。人は感情にとても流されやすい。だからこそ受け入れがたい現実にぶち当たったとき、現実を受け入れられず前に進むことができない。
それがわかっていても、どうしても心のギアがニュートラルにならない日だった。この日は万協製薬株式会社、包装課リーダーをしていた宮崎さんが永眠された日である。宮崎さんの訃報を聞いたとき体の力が抜け、脱力し、崩れた。課員を集め訃報を伝えた際、自分をたもてなかったことを今でも鮮明に記憶している。
5月末に病に倒れ、5ヶ月間宮崎さんの回復を祈らない日はなかった。当時私は宮崎さんの1番近くで仕事をしていた。楽しいときも嬉しいときも辛いときも苦しいときも共に笑い共に泣いてきた。大きな大きな壁にぶち当たる度、宮崎さんと共に壁をなんとか越えるためにもがき苦しみ、その壁を越えられた時の達成感、充実感も共に感じてきた。多くの仕事を通じて二人にしかわからない気持ちを数え切れないほど共有してきた。自分の家族よりも大切な人よりも多くの時間を共にすごしていたと思う。いつしか宮崎さんがいてくれればどんなことも乗り越えていけると思えるようになった
なにより私が2年前製造部の課長となった時、未熟な私を1番支えてくれたのも宮崎さんだった。課長としての責任や対社外の重圧に押しつぶされそうになっていたとき、いつもそばでアドバイスをくれ、笑顔で大丈夫といってくれた。この言葉に何度救われ、安堵したかわからない。宮崎さんがいてくれたからこそ、多くの困難を乗り越えられ今があるといっても過言ではない。
しかし、当たり前にあった日常は突然なくなり、悲しさ、つらさ、後悔の毎日になった。心のギアは崩壊し、冷静さを失った。起きてしまった現実を受け入れることができず、どん底の毎日だった。
そんな中、宮崎さんのご家族とお話しする機会があった。悲しみに暮れる私に、彼は、悲しんで欲しいとは思っていないはず。明るく楽しい万協が好きだった。だから、笑顔で毎日を生きて欲しい。彼もきっとそれを望んでいる。そして彼のことを忘れないでいてあげてほしいと。その言葉を聞き、私は今のままではいけない。1番悲しいのは宮崎さんのご家族、そして宮崎さん本人なんだと。だからこそ自分達は、宮崎さんの分まで明るく楽しく生きなければいけないと感じた。そして宮崎さんが残してくれたものを大切に、そして大きく大きく育てていかなければいけないと思った。そのためには私自身がどんなときも前を向き、心のギアをいつもニュートラルにしていかなければいけないと強く感じた。
これからたくさんの困難にぶつかると思う。でも宮崎さんはいつも自分達を見ていてくれる、そしていつも優しく大丈夫といってくれている、そう思うだけで私は心を強く、そして心をニュートラルに保つことができる。
宮崎さんと出会え、多くの時間を共有でき多くのことをたくさん学ばせてもらいました。どうかこれからも私達を見守って下さい。本当に本当にありがとう。

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