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今昔アラモード 連載中

【其の壱】 「ローカリズムとグローバリズム」

これは、東北出身・関東育ちの私がどのような経緯で大阪…関西を愛するようになったか。
その一部始終を綴ったドキュメントである。
読者の皆さんには、ローカリズムがグローバリズムに目覚めていく瞬間を捉えていただくことが出来るであろう。


今となっては昔のことだが…

私は宮城県仙台市で生まれ、その後、父親の仕事の都合で栃木県に移った。
母の話では、仙台にいた頃の私ときたら医者に世話にならない日はないほどの、それはもう非常に病弱な子どもだったそうだ。

栃木に移ってから、私は劇的に体の丈夫な子になったと聞いている。
栃木の大自然が心身ともに良い影響を与えたのか、私はすくすくと育っていった。

父は仙台の生まれで母は栃木の生まれだから、当然、親戚筋にも関西圏に住んでいる者はなく、私にとって、関西というのは何と言おうか、まるで海を越えた外国のようであった。
言葉も違い、食文化や気質も違う外国。
中学の修学旅行で訪れた京都にて、私は関西に対してそんな印象を持ったのである。

当時は今とは違い、関東のテレヴィジョンに関西の人間が出ることも少なかった時代だから、日常生活の中で関西の訛りを聞く機会というものは、今では考えられないくらい少なかったのである。

1980年代、関東にて深い関西訛りを聞く機会というのは、主に任侠映画によってもたらされるものであった。
それは、関東の子どもたちに「関西=恐ろしいところ」という方程式を植え付けるには十分過ぎるものであった。

そんな折…あれは1991年の初夏であったと記憶しているが、父の口から衝撃的な事実が告げられた。
「来年の春…三重県に引っ越す。お父さんは公務員を辞めて、お寺に入り、僧侶になる。」と。

<つづく>


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